プロレスが女子の間で異常に盛り上がっている。

プロレス女子という。

野球のカープ女子とか。その流れの俗称か。

 

棚橋弘至は自身のニックネームに

100年に1人の逸材と命名してタレントとしても

テレビに主演したりしてプロレス人気を呼び込んでいる。

棚橋弘至の割れた腹筋は、綺麗に割れていて憧れる

棚橋弘至出典:akitacity.info

 

女子にはリングでの戦闘中の恐ろしい迫力と

リング外のでの優しい男のギャップが

胸キュンになるらしくて今や

プロレス会場には女子が多く観戦するようになった。

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棚橋弘至は2002年に彼女だったタレントのアパートで

背中から刃物で刺されて重症。原付きで病院へ自身で駆け込み

人間の3分の1の輸血を行い意識を失っていたが一命を取り留めた。

 

その後、2003年には中学時代の同級生と結婚して

2人の子供がいる。タレントと嫁や子供の年齢を考えると

おかしいところもあるが過ぎた話なのでこのへんで・・・

 

結婚していても棚橋弘至のプロレス女子の人気は

熱いものがあり、中邑真輔やオカダ・カズチカ、飯伏幸太も

女子に人気だ。

 

プロレスブームが女子を中心に広がっている。

 

かつてのプロレスブームは1960年代

日本のジャイアント馬場やアントニオ猪木に対して

デストロイヤー、ボボ・ブラジル、カール・ゴッチ、ルー・テーズ

ブラッシー、ブルーノ・サンマルチノといった強者が日本に来日して

毎週金曜日の夜8時のゴールデンタイムにテレビ中継していた黄金期

 

1970年代後半から小柄だが藤波辰爾がドラゴン・スープレックス・飛龍原爆固めで

日本にデビューして度肝を抜き、

1980年初頭にタイガーマスクが藤波辰爾と同じ技、

ドラゴン・スープレックス・飛龍原爆固め【動画】

棚橋弘至

子どもだった私はテレビの前に釘付けになった。

 

ミル・マスカラスとかメキシコから

マスクの選手が多数やってきたりした。

 

その頃のプロレスは男の見るスポーツで

男の子も一緒になってテレビで見ていた。

女子の見るスポーツでは全くなかったのだ。

 

あの、ドラゴン・スープレックス・飛龍原爆固めを始めてみた時

大人も子供も度肝を抜かれた。

フルネルソンから一気に投げてフォールに持ち込む。

 

いつ出るか、ドラゴン・スープレックスだけがみたくて

プロレス中継を見ていたほどだ。

 

その後、ゴールデンタイムでのプロレス中継はなくなり

茶の間から姿を消していった。

 

現在はスカパーがあってプロレス中継を

毎日のように見ることができる。

 

ジュニアフェザー級の少し軽めの選手しかできないような

ドラゴン・スープレックス。

その技を重量級の棚橋弘至が中邑真輔との対決の最後のキメ技で見せた。

感動ものだ。

 

かつてアントニオ猪木が全盛期だったころ

必殺技の卍固めがいつでるか、その瞬間を

テレビの前で待ちかまえていた男の子。

 

2015年の現在はプロレス女子が棚橋弘至の「愛してまーす」に

キャーキャー言いながらプロレスを観戦し

棚橋弘至の腹筋に萌え萌えして

それが異常に盛り上がり、

キャラとのコラボした選手のグッズが売れまくっているという。

 棚橋弘至中邑真輔「中邑しば輔 変身セット付き DXぬいぐるみ」出典:闘魂ショップ

 

強面で男子に人気だったプロレスは

イケメンが活躍して女子に人気のある

スポーツに変貌しようとしている。